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とある物書きの妹の回想

2013-12-07

 

部屋を改めて見回し思うのは、本当に何もない、ということ。
夏の盛りだというのに寒々しく、がらんとしたこの部屋に、私は何度も何度も名残惜しみながら別れを告げた。

この部屋の持ち主である私の兄は、実に物欲の少ない人で、…いや、語弊があるな。自分で自分のものや他人のものを買うには抵抗を感じない癖に、人からモノを貰うことが苦手だった。
いや、これも語弊があるな。なんと云えばいいだろう。
お裾分けもお土産も受け取ってくれる。
そうか、これだ。
「何か欲しいものはある?」という、問いに、弱い。
「お土産、何がいい?」とか「誕生日やクリスマスのプレゼント、何がいい?」とか、その類いの問いにすこぶる弱いのだ。
私が卒業旅行にイタリアに行った時だって、「お土産は気にしなくていいから、写真と一緒に話を聞かせて欲しい」だったし、毎年の誕生日プレゼントは、「欲しいものが浮かばないから、一緒に美味しいものが食べたい」という。
それでは、こちらとしては味気ないからと、イタリアの酒やお菓子、ブックカバーを買ってくると心底喜んでくれるし、誕生日プレゼントに洋服をあげたら、外食に行く時にわざわざ着て、私に会ってくれる。
兄曰く、「自分で買いたいものはあっても、わざわざ人に買って貰ってまで欲しいものがない」のだそうで、とてもとても申し訳なさそうにしていた。
その考え方は、他人に「あげる」段階でも同じようで、一人旅から帰って来ては、食べ物やバス用品などいわゆる「消えもの」を買ってくる。誕生日プレゼントに関しては、毎年、私に「何が欲しい?」と聞いてくれる。
まるで、その人が望んで欲しいもの以外は、自分からの贈り物が邪魔になるのではないかと恐れるかのように、「残ってしまうもの」を買って贈ることを異様に恐れていた。

のこしてくれて、よかったのだ。
アクセサリーでも、洋服でも、マグカップでも、ハンカチでも、なんでも構わない。
兄が、妹の私に「何が欲しい?」と聞くことなく、「これをあげたら、喜んでくれるだろうか」と悩みながら選んでくれるプレゼントが、私は欲しかった。
お土産に貰ったお菓子も、バス用品も、すごく私の好みを考えて選んでくれたものだなんて、そんなこと、知ってる。
でも、手元にのこるものが一つくらいあったってよかったじゃないか。
兄がどこどこに行った時のお土産、と懐かしみながら使ったっていいじゃないか。
どうして、潔癖なまでに、臆病なほどに、のこすことを恐れたのだろう。

そろそろ、と急かされて、私は頷く。
全く、情緒も余韻もあったものじゃない。弁護士と言うものはそこまで事務的な人種なのかと恨みたくなる。
これで、もう二度とこの部屋に入れないのに。
ここは、この部屋は、兄が亡くなるその日まで住んでいた部屋だというのに。

そう、亡くなってしまったのだ。
両親もすでに死別しているのに、たった一人の家族だった兄さえも私をおいて先に逝った。
私の手元に残ったのは、元兄名義で現私名義の通帳と印鑑。生前、作家として生活のできる範囲に達していた彼の印税や原稿料。
そして、少なすぎる私物と、死の淵までかじりついていたPC。その私物だって、私が兄に贈ったものばかりで、兄ゆかりの品かといわれると、自信がない。
兄の住んだ分譲マンションは遺言に寄ると、私の選択権の挟む余地なく、売却せよとのこと。
そう。最後の確認に来たため、もうこの家は、兄の家でも、私の家でも、ない。
なんでもない、ただの部屋になってしまった。
病死とはいえ、人が死んだ家だ。嫌がられるのではないかという懸念はあったが、幸か不幸か仲介業者が付いたようで、不承不承この部屋を明け渡すことになる。
シミや汚れ、傷がないことを弁護士同席のもと、仲介業者と共に確認し、私は急かされるように家を出た。

末期癌患者であった兄の世話をする為に私がこの家に足を踏み入れた時点で、彼の持ち物は、私のもとに残ったものに毛が生えた状態になっていた。
一室を埋め尽くす程の本もCDもDVDも消え、家具もほとんど無くなり、3LDKの兄の家は、リビングとキッチンだけで事が足りてしまった。
欲しい本や漫画、あったのにと愚痴ったら、彼は笑って、「葬式代足りそうにないから」と言った。
嘘吐き。
治療費を差し引いたとしてもおつりが来たのに。

僅かな私物だけをのこした、兄。
私の為に、お金以外はなにものこそうとしてくれなかった、兄。
何をそんなに怖がる必要があっただろう。
遺言書に寄れば、残った僅かな私物さえも棺に入れてくれと書かれていたようだが、私が泣いて泣いて泣いて阻止したのだ。
例え、私が兄に贈ったもの一揃いが私物に含まれていたとしても、兄の痕跡なのだから。
そうでもしなければ、彼の生きた証が、本当に何処にも無くなってしまう。
贈ったものなのだから、天国まで持たせてやるのが筋だったかも知れないけれど、それだけはどうしたって出来なかった。
私だって、兄がいなくなって悲しいのだ。
兄が、天国に私からのプレゼントを持って行けないことと同じくらい。
私は、兄を思い出して泣くことさえ許されないのか。
たった一人の家族なのに。
腹が立った。
憤った。
自分勝手で、こちらのことなんか何も考えてくれなくて。
怒りで涙が出るなんて、初めてだ。

こんなことになるなら、言えば良かった。
「私に似合いそうなピアスを買ってきて」と。
あの兄ならば、困った顔をしながら、それでも一所懸命に探して、買ってくれるだろう。
相手が欲しいモノを想像することを諦めてしまった兄に、なんでもいいから我が侭を云えば良かったのだ。
困らせたくなくて、なんてつまらない理由で我慢しなければ良かった。
兄が私を思って贈ったものが欲しかった。

家を一歩出れば、湿度が身体にまとわりつく。
私は弁護士に一礼し、その場から立ち去った。

サムネイル 写真素材 足成 様
http://www.ashinari.com/

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