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あれはきっと、プロポーズだったのだろうと思う。

2013-12-13

 

あれはきっと、プロポーズだったのだろうと思う。

不器用な奴なりの、精一杯の言葉。
奴に振られて、一年弱。
遠距離恋愛だったにも関わらず、それでもこうして別れてからも会ってしまうのは、未練とか、打算とか、そんなものじゃなくて、互いに相手のことを、一定数量以上に大切に思ってしまっているから。
相手に、彼女が出来ては別れてを繰り返しても、私が、次の恋人探しの為に色んな男性とデートをしても、結局は、会ってしまう。
出会いのない職場であることを慮って、友人や親類が気を利かせて男性を紹介してくれても、二回目のデートに漕ぎ着けたことなんて一度もないし、連絡もぱたりと止んでしまう。
いよいよ、自分に非があるのだろう。ならば仕方ない、私はお一人様を貫こう。
そんな風に油断していたからバチが当たったのだ。

「こっちに来て、一緒に住まないか?」

遠距離恋愛だったのだ。
その意味がわからないほど、鈍くはなかった。
元恋人で、現友人のその言葉を飲み込むように、私はグラスの中身を傾け、喉に落とす。
結局、一緒にいて、飾らずにいられるのはお前だけだと。一緒にいて、楽しくて仕方ないのはお前だけだと。
熱量低く、奴は事実を事実として淡々と呟く。
付き合っていた頃ならば、一年前の私ならば、泣いて喜んだだろう。
一人しかいない親を妹に任せ、奴の下で暮らす覚悟を、選択を、簡単に出来ただろう。
しかし一年弱という、余りにも短い時間は、私を変えてしまうには十分過ぎた。

一人で生きていけるように、マンションを買った。
働き始めてから加入していた保険を、より一層手堅いものにした。
祖父母の介護、そして、母親の介護をする決意を固めてしまった。
何よりも、仕事が楽しくて楽しくて仕方ないのだ。
手塩に掛けた後輩がやっと一人立ちし、指導する側に回った。
大きな仕事のリーダーを任されるようになった。
私でなければならない顧客が増えた。

この人となら、今の生活を失える、と思えた人に振られて、変わってしまった。
一人で生きていく覚悟を決めてしまったのだ、私は。

「もう少し、こっちでやりたいことがあるから」

それがまるで、プロポーズの言葉ではなかったのだと事実を塗り替えるように、それとも、プロポーズであったことを気付かなかったかのように、私は笑ってそう云った。
「やらなきゃいけないことがあるから」
重ねた言葉に、彼は「わかった、応援してる」と笑った。
それはとても聞き分けよく。途撤もなく、理解を示して。
彼は、モテる人だから、女に漬け込まれやすい性質だから、三ヶ月後には別の女性と結婚していたとしても不思議じゃない。
それでも、この人と決めた女性をとことん大事にするし、浮気の心配がない人だから、彼に愛される女性は幸せだろう。
かつての私のように。

女だてらに仕事して、いつまでも結婚しないでと、陰口を云われるようになったなら、きっと私は後悔するだろう。
責任も重責も、生き甲斐さえもかなぐり捨てて彼の下に走ればよかったと。
彼が結婚して、子供が出来たときには、大人気なくも大きな声を上げて泣くだろう。
大好きで大好きで大好きな人と、自分の生き甲斐を天秤に掛けた私を、他人は笑うだろう。

それでも選んでしまったのだ。
咄嗟に喜べなかったのは、我が身が可愛かったから。

ああ、私は、あなたが好きだと、奴に二度と云えない。

サムネイル 写真素材 足成 様 http://www.ashinari.com/

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