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僕は生主に恋をした。

2014-01-19

 

僕は生主に恋をした。

ネタみたいな話だけれど、一体何処から話せばいいだろう。
まず、大前提として、ニコニコ動画という動画投稿サイトが存在し、有料アカウントを持ったユーザーはネット上で生放送が出来る。
その生放送をしているユーザー、通称・生主(なまぬし)を気に入れば、彼らが所有するコミュニティに入ることも出来る。
こんなざっくりした説明で、この後の僕の話についてこられるか甚だ不安だけれど、どうか、聞いて欲しい。
星の数ほどあるかも知れない生放送のコミュニティ。
そんな一画で、僕は彼女に出逢った。
コミュニティの参加人数は40人前後。放送の内容は、歌。
決して下手とは云えないけれど、万人が聞いて上手いと云えるほどではない彼女の歌声にファンは付きにくく、所謂底辺をさまよっている状態。
それでも40人の人間が惹き付けられてしまうのは、彼女の歌は、技術が乏しいことをカバーするかのように、感情が深く込められていたから。
歌に、感情を乗せることが本当に、上手い人だった。
表現力と言えばいいのか。
歌っているはずなのに、怒り、悲しみ、喜び、楽しみはもちろん、憎しみの中の愛情やら、怒りの中の悲しみやら、喜びの中の孤独やら。
そんな難しい感情を、すんなりと歌に溶けこませてしまう。
ああ、これで歌の技術があれば、もっともっと人気が出ただろうにと惜しむ反面、このままであって欲しいという気持ちがせめぎ合う。
力強い歌声を持つ一方で、気配り上手で繊細なトークがこれまた魅力的。
夜に開かれるこの不定期な放送は、仕事から帰宅し、晩酌の肴にするにはもってこいで、僕はいつしか常連客となっていた。
いや、この際だ。素直にいってしまおう。
彼女を、好きになっていた。
声と人柄しかわからない、何処の誰かもわからない彼女に、僕は恋をしていた。
気持ちが悪いと思うだろう。
僕だって、まさか、こんな気持ちになるなんて、…自分の身にこんな事が起こるなんて思ってもみなかった。
自分は常識的な人間だと思っていたし、こんな気持ち、何かの勘違いなのだと何度も何度も否定した。
でも、ダメだった。
彼女の声を聞く度に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
彼女が、僕のコメントに応えるたびに、温かい気持ちになる。
こんなの普通の恋愛じゃないってわかっていたから、ひたすら隠した。
お互いの顔が見えないのだから、隠すのなんて簡単だ。コメントに余計なことを書かなければいいのだから。
彼女の声が聞こえれば、それだけで充分だった。

そんな、不純な思いを抱いていたから、バチが当たったのかも知れない。
普段なら、初見の人も合わせて10人前後の人間が出入りする彼女の放送。
しかし、その夜は、彼女の放送に足を踏み入れたのは、僕だけだった。
生放送はすでに開始後7分以上を経過している。
金曜の夜となると、生放送をする人も多い。新着の流れも速い。
彼女のコミュニティに入っている人以外は、もう、彼女の放送にたどり着けないかも知れない。
僕の耳に最初に響いた声は、叫ぶような、泣き声だった。
いや、泣いていないし、叫んでもいない。
しかし、彼女の歌声は、心は、泣いていた。叫んでいた。
普段ならば、放送へ人が入ってきた時点で、何かしら反応する彼女が、何もアクションを起こさない。
そして、次の曲へと入る。
二曲目に入り、僕は遅まきながら、彼女の状況を理解した。
いやもう、笑えてしまうほど、本当に遅い。
前の曲も、この曲も、失恋や片想いを歌った曲じゃないか。
彼女は泣かずに、ただただ歌う。
歌って、歌の中で初めて泣く。
辛いと、悲しいと。
諦めきれないと、切ないと。
どうして届かない、と。
仕方がないことだ、と。
不器用で、意地っ張りで、強がりで、優しい彼女は、そうやって初めて、誰かの言葉を、音色を借りて泣く。
泣き、叫ぶ。
誰の助けも欲しくないと全身で拒絶しながら、それでも誰かに助けて欲しくて、気付いて欲しくて、歌う。

ああ、なんて、かなしい。

悲しい、哀しい、愛(かな)しい。
なんて、可愛い人だろう。

「こんばんは」
僕は、二曲目の終わりに、拍手と、控えめに挨拶をした。
気付いていないよ。だから、存分に泣きなさい。
貴方がそれで満足するなら、僕はずっと、貴方の歌声を聞くから。
ここにいるのは僕だけだから、貴方の気持ちを全部受け止めるよ。
そんな、云うことのできない沢山の言葉を封じ込めて。
「こんばんは」
彼女は、まるで何事もなかったかのように、僕に挨拶をした。
今日はお仕事ですか?明日はお休みですか?あ、私も何です。
そんな普段通りの会話で、場を濁す。
本当なら、
本当なら、貴方を抱きしめたい、僕がいるからと、慰めて、頭を撫でて…。
いいや、そんな綺麗なだけの感情じゃなくて。
傷心の彼女につけ込んで、僕が彼女の傍にいたい。
ねえ、貴方の名前はなんて云うの?どんな顔をしているの?髪の毛は長い、それとも短い?どこに住んでいるの?何をみているの?どんな仕事をしているの?
貴方に触れたい。
頬に、瞼に、髪に、手に、唇に。
貴方に触れたくて、堪らない。
こんな出逢い方でなければ、僕は貴方に自分の気持ちを告げていただろう。
でも、「こんな出逢い方」でなければ、僕は貴方がこの世に存在していたことすら、知らなかった。
こんな感情を貴方に抱くことなんて、なかった。

ああ、僕の隣で、貴方にないて欲しい。

そろそろ寝ますね、そういって、彼女は生放送を締め括る。
この後、彼女が一人で、独りぼっちで枕を濡らすのかと思うだけで、心が凍てついた。
でも、僕は、多くもなく少なくもない彼女の放送の一視聴者に過ぎない。コメントの後に固定ハンドルネームを付けることも出来たけれど、そんな勇気はなかった。つまり、彼女は僕を認識していないのだ。
彼女は僕のことなんて、知らない。
だからこそ、僕は、コメントを打ち込んだ。
「今日は寒いから、暖かくして眠って下さい」
彼女は、そこで初めて涙声で、ありがとう、という。
「間違ってたらごめんなさい、いつも気に掛けてくれる人ですよね。寒いから、貴方も暖かくして眠って下さい」
と。
なんで…。
そんな僕を見抜くように、彼女は続けた。
「わかります。文章にも癖がありますから」
おやすみなさい。
彼女はそう云って放送を終了させた。

おやすみなさい、と囁くような声が頭の中で甘く響く。

ああ、もう…。
好きだ。好きだ。たまらなく愛おしい。大好きだ。
こんなんじゃ、貴方を諦められないじゃないか…。

サムネイル NOION様 http://noion.jp/

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