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こんなときでもお腹は空くんだね

「お腹、空いた」

いうことをきかない体を、なんとか重力に逆らわせて起き上がらせ、私はここ週間程で癖になった動作を繰り返す。

出っ張りの少ない下腹を優しく撫で、とんとんと振動と与え、話し掛ける。

「お腹空いたね、あきらさん。ご飯にしようか」

そうして、突如視界がぼやけた。

違う。

そんなことしたって無駄だ。

これは懺悔じゃない。ただの癖、ただの習い性。

「こんなときでもお腹は空くんだね」

だって私は、つい数時間前に、あきらと呼んでいた胎児を自らの意思で堕ろしたのだ。

今日、私は人工妊娠中絶の手術を行った。
***
最初は何かの病気だと思っていた。

10日やそこらで、一気に腹周りが苦しくなり、体重がkgも増える。なのに食べる量は減り、体がだるい。なんて事態に見舞われれば、人間、どんなに普段、ちょっとやそっとのことで病院に行かない人でも、さすがに駆け込む。

何か悪い病気にでもかかったのではと、心配する私に告げられたのは、妊娠週目という事実だった。

妊娠。

未婚者で、将来結婚する気なんて微塵もない私が、妊娠。

妊娠、だなんて。

望んでも授かることの出来ない人がいるこの世に於いて、本当に失礼な話ではあるが、正直に云って喜べなかった。

一人で子供を生んで育てられる訳がない。

しかも私は転職活動中で、運が悪ければ日からは無職なのだ。

妊娠を雇う馬鹿な企業は存在しない。

無職の母親が乳飲み子をどうして育てられるだろう。

第一、子供なんて生むつもりもなかったし、私は仕事に生きると決めたのだ。

妊娠した原因の半分を担う恋人も、結婚する気がないことは、よく承知している。

当分、緩い関係のまま、ゆるゆると関係を繋げて、続けていければいい。

そんな折での、懐妊なのだ。

もしも私達がもう少し若ければ、そのままの勢いで結婚してしまえたかも知れない。

しかし、今の私達には、そんな情熱も、熱情も、存在しない。

各々のビジョンを持ち、お互いの未来には、二人の姿は、ない。一人で生きて死ぬ覚悟を決めた者同士が気紛れに時間を共有しているだけ。

避妊、失敗したんだ。

ぼんやりと、そんなことを考えながら、私はその場で堕ろすことを医師に告げた。

だって、仕方ない。

私、一人じゃ育てられないし、きっと将来的にどこかの段階で、生んだことを後悔することがあるだろう。

母である人間が子供にそんなことをただの秒でも一瞬でも思ってはいけない。

そう。

私には我が子を恨まない自信がなかった。

そしてその覚悟を決めるには時間が無さすぎた。

胎児が法律的に「子供」と認められる前に堕ろさねばいけない。現段階に妊娠週目なのだ。迷ってる時間などない。

胎児は待ってはくれないのだ。

医師は少しだけ意外そうな顔をして、次の瞬間には手続きの話に移った。
***
胎児の父親には手術費や診察費諸々の半分を負担して貰うことで話を付け、母には手術を受けるからと万一の事態の説明もした。

胎児を惜しんだのは、男よりも母で、せっかく授かった命なのだから、生めばいいのにという言葉に、苛立ちすら覚えた。

未婚の母なんて見聞が悪いからと実家に近寄らせないであろう彼女の性格など、手にとるようにわかる。なんて身勝手なことを、無責任なことをと心の中で憤慨して、口には出さずに唇を噛み締める。

初めての我が子を殺す私も大概だ。

あとは、会社。

31日付けの退職なのだ。あと週間はある。

つわりなどのことも考えれば、上司に報告すべきだろう。

幸い、女性が多い職場であったこともあり、上司の理解は得られ、欠勤遅刻早退を大目に見て貰えることになった。

更に幸か不幸か、とてもつわりの軽い子供だった。

よくある、「とある食べ物や特定の匂いを嗅ぐと吐き気をもよおす」であったり、「特定の食べ物が食べられなくなる」なんてことは全くなかった。

確かにお腹が空くともの凄く気持ち悪くはなるが、そこは隠れてビスケットやクッキーを胃に流し込み、胃酸を吸わせて過ごした。

年度末の月は職場も忙しく、定時上がりなんて許されない。可能な限り、胎児と相談しながら残業する。つわりの軽いこの子も、流石に業を煮やし、腹を張らせ、辛い辛いと主張する。

「ごめんね」「もう少しだから、一緒に頑張ってくれる」と小さな小さな我が子に懇願しながら、仕事する私は最早鬼かも知れない。

そうこういいながら、季節は寒い日、暖かい日を繰り返しながら春に近付く。

妊娠と云われてから週間経つ頃には、すっかり腹回りがきつくなり、ゆったりとした上着が増え、足が冷えては胎児が愚図るからとパンツスタイルに落ち着き、足がむくむからとヒールの高い靴を避け、朝早く起きてはゆっくり食事を取りながら、胎児に話しかけるようになっていた。

この子は食べることが本当に大好きで、好き嫌いがないのがこちらとしてはとても助かる反面、食べた後は座っていることが辛くなる。

だから、健康に悪いとは解っていても食後にごろんと横になりながら、「今日、仕事なんだけど、どうかなー。行けるかなー一緒に頑張ろうよー」などとお腹の子供にご機嫌を伺う。

30分もすれば身体のだるさも納まり、その隙に私は朝支度を済ませるのだ。
***
なんの変哲もなかった通勤路。

そんな場所でも、うぐいすの声が聞こえれば、「ほら、うぐいすの声だよ、何処で聞こえるんだろうね」と子供に話しかける。

猫が横切れば、「猫だよ、猫」と見せたくなる。

梅が咲いているのに気が付けば、「梅だね、綺麗に咲いてるね」と梅の花の匂いを嗅いだ。

こんなの、堕ろすまでの気まぐれなのかも知れない。

でもそれでも、一人暮らしで、妊婦であるにもかかわらず誰にも頼れない生活をしている私には、充分に慰めになるのだ。

こんなとき、傍にパートナーがいれば、とそんな思いは、妊娠に自覚して日目には捨てた。

今は、今だけはこの子が私の傍にいてくれる。

こんな小さな身体で一緒に残業を頑張ってくれる。

辛くないはずはないのに、豆粒みたいな小さな身体で、耐えてくれている。

それだけで、心の奥が暖かくなった。

胎児を「あきらさん」と呼び始めたのは、そんな頃だったと思う。名前がないと、呼ぶのに不便だと思ったのは、仕事上で何度も経験していたが、それをまさか胎児に応用する日が来るとは思わなかった。

今年は、例年に比べて冬が厳しく、桜の開花が遅い。どれだけ冬が厳しかったかと云うと私の住む関東で、大雪の影響で道路が分断され、隔絶された地域や街が出来てしまったほどだ。雪に不慣れな地域では深刻な自然災害となったのである。

本当なら「子」という字を使いたかったが、胎児が女の子とは限らない。今の時代、男の子にでも「子」と付けてしまう親はいそうだが、無難なところで「男でも女でも大丈夫な名前でなおかつ響きが好きなもの」にした。

月も週目。

胎児は週目と云ったところだろう。

31日に向けて、私の仕事も佳境に入っていた。

「咲かないね、桜」

蕾はピンクに染まり、ふっくらとなっているのに、繰り返す寒暖のせいか、中々桜は咲かない。

家から駅までの間に桜が綺麗な場所が沢山あるのだが、その中のどこもまだ桜を咲かせていなかった。

「あきらさん、桜、綺麗なんだよ。薄いピンク色のお花が木に一杯咲くんだよ。並木道なんて、本当に綺麗なんだから」

一緒に見たいね。あきらさんも見たいよね。桜に言葉が届くように呟く。

そうやって、足元を見て、「ほら、タンポポ」と気を紛らわせる。

「あきら」を中絶する日が、あと日と迫っていた。
***
29日、土曜日である。

前日から風が強く、それでも少しずつ、少しずつ、芽吹き始める桜が多くなりつつあったその日、とうとう、桜が満開になった。

「あきらさん、咲いたよ!!

自室の窓から起きてすぐに覗いた空には、ピンクの花びらが舞っている。

「あきらさん、お散歩行こう、お散歩」

胎児の大好きなご飯の時間をゆったりと済ませ、家事を手早く終わらせて、私は外に飛び出した。

土曜日なのだ。

春休みなのだ。

晴れているのだ。

子供達が遊んでいて、親子がじゃれている。

そうして誰もが、桜を見上げる。

水色の空に映えるピンクを、口をぽかんと開けて見上げてる。

「あきらさん、桜桜咲いた

その例に私も漏れず、桜を見上げていた。

確かに桜は好きだ。

毎年咲く度にわくわくする。

桜を見るだけで、花粉症で辛い春が相殺されるどころか、得した気分になる。

でも、今年は違うのだ。

今年だけは。

この子に見せることが出来て良かった。

実際には見えてなんて居ないだろう。

それでも、この子と一緒に桜を見られたと言うことが嬉しいのだ。

そう。あと数日で堕ろさなければならない子供に、私は、情が湧いてしまっていた。

私にはもうすでにルーチンであった季節の移ろいも、この子には初めてなのだ。

桜も、雲一つ無い晴れた空も、星も、月も、雨も、風も。

猫も犬も、車も、サイレンも。

月のない夜も、真っ赤な夕焼けも。

たこ焼きも、お味噌汁も、ミートソースのスパゲティも、煮物も、ラーメンも。

全部が全部、この子には初めてなのだ。

この子の初めてを、一番傍で私が一緒に経験できる。

それが嬉しくて。

こんな日が続けばいいのに。いや、一層のこと、ときが止まってしまえばいいのに。

お腹がちくりと痛む。

「あきらさん、お腹空いたね」

ぼやける視界を、唇をきつく噛んで振り切って、私は誰も待つことのない家に帰った。
週が明けて月曜日は31日。

引き継ぎも滞りなく済み、私は職場を後にする。

同僚や後輩、先輩に人挨拶し、最後の最後に迷惑を掛けてしまった上司に深々を頭を下げ、私は、真っ直ぐに帰宅した。
この子と、あきらと過ごす最後の日を大切に使う為に。

***

日の一日の出来事は、不思議と記憶に残っていない。

多分、それほど平和で、なんでもない特別とも云えない日を、過ごしたのだろう。

でも、それが心地よかった。

急に特別な事をしてしまえば、仕事に忙殺されていた平日と、だらだらと二人で過ごした土日が、この週間が否定されてしまうようで。

だから、本当に普通に朝昼夜と食べて、家のことをして、昼間には桜を見に行ったのだと、思う。

 

翌日、日。

人工妊娠中絶。

子宮内用除去術。

手術台での点滴、準備の間の空腹から来る激しいつわり、局部麻酔と全身麻酔の酩酊。

そんな印象で、手術が始まった。

手術中、全身麻酔が先に切れてしまった私は、激しい吐き気を伴い、ぐるぐるまわる視界の中で覚醒した。

ああ、右手が動く。じゃあ、左手はうん。動く。目も開けられる。この音は何うるさい、恐い。もうやめて。何で足が動かないの

げろげろと胃液を吐きながら、「子宮内」が「除去」されていく音が、遠くで響く。

ああ、私の子供が。

あきらさんが。

あきらさんが、悲鳴を上げてる。

痛い痛いって、きっと泣いてる。

あんなちっちゃい身体で私の仕事に耐えていたあの子が。

食べることが大好きなあの子が。

つわりがとても軽い、優しいあの子が。

泣いてる。

生きたいと。

生きていたいと。

逝きたくないと、きっと泣いてる。

胃液を吐く合間で、看護師に「ありがとう」といいながら、私は「ごめんなさい」と「あきらさん」を繰り返した。

もうやめてくれと悲鳴を上げなかったのは、今更あの子が戻ってないことを理解し、理性で悲鳴を制御したから。

「終わりですよ」

突如、恐ろしい音が止んで、次の瞬間、お腹に激痛が走る。

もう、あの子のいないお腹が、今まで感じたことのないような痛みに襲われる。つわりだって、こんなに痛くはなかった。いや。それほどまでにあの子は本当に母体にとって良い子だった。

「子宮の収縮が始まってるんです。痛いね。痛み止めの下剤打つからね」

成されるがまま、下剤を打たれ、嘘のように痛みが治まり、手術台から降ろされた私は人の看護師に抱え込まれながらもどうにか歩き、別室のベッドで意識を失った。

ああ、泣いてる。

赤ん坊が泣いてる。

あきらさん

ねえ、あきらさんなの

違うよね、あきらさん、泣けないもんね。

ごめんね。

折角私を選んでくれたのに、ごめんね。

そうして手術から約時間後、私は再び覚醒した。

部屋にナースコールはない。仕方なく私は廊下を出て、ナースステーションを覗くが、中ではお取り込み中。なんでも赤ん坊の検診をしているらしい。

もう少し歩いてみると、硝子の向こう側で、保育器に入れられたシワくちゃな赤ん坊がいた。

手足をゆっくりと動かして、身体を真っ赤にしている。時間を見れば、まだこの世に生まれて一時間半らしい。

私が眠っている間に聞いたのは、この子の泣き声だったのだ。

この子が生まれる、更に一時間近く前、私は、自分の子供を手放してしまった。

いや、綺麗な言い方なんてやめよう。

殺してしまった。

殺した。

やっぱりやめます。

手術台の上で、点滴を打っている時に云えたはずなのに。

それを云うことすら恐くて。

その「怖さ」を「恐怖」をあんな小さな週目の子供に全部押しつけてしまった。

「かわいい」

麻酔の影響が残る私の唇が、奏でる。

新生児に、こんな風に思える心が残っていたなんて。

それでも、私が心の底から零れた言葉はそれ以外見当たらなかった。
そうして、時間軸は冒頭に戻る。

お腹が空いて愚図るあの子は、もういない。

それでも、お腹は空くのである。

でも、それよりも今は眠たいのだ。

ああ、そういえば、私の中での「あきらさん」は週目の印象で止まっていた。

週目ともなれば胎児はもう少し大きくなっているはずである。

どのくらいになっているのだろう。

そうだ。

生きている間は、いや、生まれるまでにあの子に私はなんにも出来なかったのだ。せめて手厚く葬ろう。それが例え生者の為の慰めであっても、水子供養はやらなければ。

両方を調べる為に私はPCを開いた。

まずは、水子供養をしてくれる寺に目星を付ける。

そして、週目の胎児についての画像を探した。

見て、後悔は、しなかった。

いや、した後悔は、「見たこと」ではない。

「ああ…」

嗚咽が、漏れる。

手術中も、その前後も流れることの無かった涙が、次々と溢れ出た。

週目の胎児は、人の形をしていたのである。

目があって、手があって、耳があって、足があって。

二等身になって、とても綺麗に人間の形をしていた。

「あきらさん…」

耳があったなら、きっとあの恐ろしい吸引機の音が聞こえていただろう。

目があったのなら、きっとあの恐ろしい器具が見えていただろう。

手と足があったのならば、きっと子宮の中で逃げ回ったに違いない。

声を上げて、泣いて泣いて泣いて、生きたいと。死にたくないと、助けてと、叫んだだろう。

手足がちぎれて、痛かっただろう。

それとも何かしらが致命傷になって痛い思いをする前に死んでしまっただろうか。

「痛かったね、恐かったね、辛かったね、苦しかったね」

ごめんなさい。

ごめんなさい、あきらさん。ごめんなさい。

貴方は私を選んでくれたのに、私はあなたを選び切れなかった。

あんなに幸せな週間をくれた貴方に、私は何も返せ無いどころか、酷いことをしてしまった。

声を上げて、私は泣く。

貧乏でもいい。父親の愛情が無くてもいい。

それ以上の愛で、貴方を育てればよかった。

守って上げられるだけの強さが私にあればよかった。
つわりの少ない優しい子だった。

食べることが大好きな子だった。

仕事を一緒に頑張ってくれる子だった。
私は良い母親にはなれないかも知れないけれど、もしかしたら、あの子を育てる中で一緒に成長出来たのかも知れない。

一緒に、生きたい。

そう、思わせてくれる子だった。

一緒に夏の海を見たかった。一緒に秋のモミジを見たかった。一緒に雪を見たかった。

一緒に、桜を見たかった。

お腹の中からじゃない。手を繋いで。

隣で一緒に、見たかった。

あきらさん。

貴方はたくさんの喜びを私にくれたのに、私は結局貴方に何もしてあげられなかった。

最後の夕飯だって、その日の23時から絶飲食になることを知っていながら大したものを作らなかった。

せめて、もっと良いものを食べれば良かった。

子供を失うことが、こんなに辛いなんて、失うまで知らなかった。

産めば良かったと後悔してももう遅い。

あの子は何処にもいない。

私のお腹の中にはもう何もない。

貴方に出会えて、どれ程幸せだったか、どうしたら伝えられるだろう。

もう遅い。

届かないところにいってしまった。

どうして私をおいていったの。

そう嘆くのは私の身勝手な感傷でしかなくて。

あの子はなにも悪くないのに。

ただ、生まれたくて私のところに来たのに。

そうして私は子供のように、赤ん坊のように大きな声を上げて泣く。

声を上げることの出来なかったあの子の代わりになんてなれないとわかっていながらも、泣くことすら許されなかったあの子の代わりになんてなれないと知っていながらも、大きな声を上げて泣き、そのまま眠りについた。
***
次の日、日は土砂降りの雨である。

花曇り、花冷え。そんな言葉があるように、折角咲いた桜を雨が散らす。

雨と花びらでぐちゃぐちゃに濡れたコンクリートの表参道で、私は足を止めた。

手術後、といってもさすがは日帰り手術。次の日には人で出掛けられるほどに身体が回復していた。

それが普通なのか、それとも私の身体が健康すぎるのかは解らない。

でもそのお陰で私は、ここにいることが出来る。

昨日の晩から、ずっと泣いている。

何をしても泣いて、何を見ても泣いて。

自然と涙が溢れて止まらないのだ。

何をしても、あの子にこれをしてあげられなかったと悔やんだ。

何を見ても、あの子と一緒にこれが見たかったと悔やんだ。

でも、泣いていても仕方ない。

辛いのは私じゃない。苦しんだのはあの子なのだ。

そして、この寺に着いて、泣いた。

「あきらさん、ここから天国に行こうね。一杯お友達もいるよ、寂しくないよ」

弔いは死者のものではない。生者のための慰めだ、ということを理性では解っていても、私は救いを求めるようにここに辿りついた。

女の子かも男の子かも解らないからとびきり可愛く作ってもらった子供の為の花束と、ご本尊様に捧げる菊の花束を抱えて、参道に入る。

並ぶ小さな地蔵。雨に濡れる赤いかざぐるま。

山のようなお菓子達。

桜が。

満開の桜が、雨に濡れている。

「ご供養ですか

若い僧が、声を掛けてきた。

「はい、予約していた者です」

すると彼は恭しく頭を下げた。袈裟が雨に濡れてしまう。そんなことも厭わずに。

私も倣い、慌てて頭を下げた。そうしてこっそりと涙を拭った。

「あの…」

彼は私の呼びかけに、上品に応える。

「水子は、迷わずにいけるでしょうか」

その為の手伝いをする僧に向かってなんて失礼な物言いだと、後々の私ならば云うだろう。

しかし、若いとばかり思っていた彼は、老成した美しい微笑で、小さく頷いた。

「生まれていない子供は、穢れを知りません。その心は誰よりも美しく、優しい。生まれて来られなかった分、煩悩がなく、迷いや憂い、心残りがないと伝えられております」

そうだろうか。

あの子はあんなに食べるのが好きだったのだ。せめて私じゃないにしても少しぐらい食べ物に執着しても良いのじゃないかと思う。

「だから、天国への階段をとても上手に登られると聞きます。そうしてお地蔵様が親の代わりに子供をお育てになり、いずれは仏になる修行を始めるのです。ですが、」

そうして彼は、少しだけ困ったように、いや、哀しそうに瞳を細めた。

お互いの差す傘で、雨音が奏でる。

私はじっと、彼の言葉を待った。

「そんなお地蔵様にもどうしても子供に与えられないものがあります」

彼を凝視する私を、苦く思うように、いや、これは私の主観でしかないが。それでも、彼は一拍置いて、口を開いた。

「実の親の愛です」

言葉に、視界が歪む。

「子供を愛し、弔って差し上げて下さい」

カラリと、かざぐるまが回る。

「私で、いいんですか」

隠していた涙が、目尻から逃げた。

散々酷いことをした。仕事だからとお腹を張って、辛いと訴える我が子に「ごめんね、もう少し一緒に頑張ってね」と言いくるめて何度も残業に戻った。お腹が空いたと泣く我が子に、最後、水の一滴も与えてやれなかった。

何も罪のない自分の子を、エゴで殺してしまった。そんな母親の愛でも、

「あの子は、欲してくれるでしょうか」

若い僧は、ゆっくりと頷いた。

「お母様、貴方がよろしいのです」

泣いてお上げなさい。そうして、泣いたら、沢山感謝をなさい。

どんなに時間が掛かっても、暖かい「ありがとう」という感謝の言葉を心から云えるようにおなりなさい。

「お母様、それは貴方にしかできないことなのです」

そうしたら、きっとお子様は優しく貴方を見守ってくれることでしょう。

そういって彼はご本堂へと私を導く。

「お母様」。

そうか。

私は、ようやく、あなたの母になれたような、そんな気がするよ。
ここのお寺は桜が本当に美しい。
ねえ。

私のところに来てくれて、ありがとう。

出会えて、本当にうれしかったんだよ、私の大切な、

 

2014年4月4日

参考「お空の赤ちゃん相談所」http://www.enmanji.com/soudan/index.html

サムネイル 写真素材 足成 様 http://www.ashinari.com/

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