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物語を終わらせましょう。

20130412

物語を終わらせましょう。
彼女はいつになく、明瞭に、美しい音を響かせてそう云った。
春の月明かりを浴びた横顔は十人人並みな容姿だと云うのに、目を離すことは困難で。かつて彼女のこんなにも穏やかな顔を見たことがあるだろうかと、必死に頭の中をひっくり返す。
だって平時の彼女と云えば、楽をすることばかり考える痩せの大食い。いつだって何かしら食べてて、何かをしていて、こんな、…こんな風に夜空を見上げる暇なんてない。
彼女が立ち止まるだなんて、考えられないことなのだ。
「昔からね、終わりを紡ぐことも、終わりを観ることも苦手だったの」
思い出したように口を開いたかと思えば、缶のブルタブを上げて下げ、中の液体を嚥下する。中身が酒じゃない処はアルコールに対する免疫が弱すぎる彼女らしい。
「大好きな物語は、終わりを知ってしまうのが辛くて、いつだって、話の最後から逃げていた。今度も一緒。書き始めたその時から、ずっとずっと話の展開も、そして終わり方も全て決めていた。でもね」
こくりこくりと、缶の中身は確実に彼女の一部になっていく。
「楽しい時間って終わらせたくない。引き延ばしたい。だから、バチが当たったのよね」
春の夜は冷たい。
彼女はほんの少しだけ身震いして、それでも言葉を紡ぎ出す。
「本来なら、多くの人に暖かく最後を見て貰えるはずだった。忙しさだとか、そんなことを言い訳に、私は先延ばしにしちゃった」
そうして、彼女は、春の風に紛れるように云うのだ。自分の文章を楽しみにしてくれた人を裏切ってしまった、と泣きそうに。
文章を書き、それをたにんに見せるようになってから、生まれた子供が義務教育過程に足を踏み入れる程の時間が経っている。
インターネットの普及により、以前より選択肢だって増えた。加護するものはなく、過去のものとなりつつあるのが現状で。
わざわざ、私の文章じゃなくても良いのかもしれない、と。穏やかに彼女は呟く。
それでも。だからこそ、彼女からこんな悲しい言葉は聞きたくなかった。
決して短くない時間、側にいたものの一人として。
云ったじゃないか。
最後の一人がここから立ち去るその日まで闘うと。
物語を紡ぎ続けると。
「終わらせよう。私のような人間が書くのだから、幸福な物語ばかりではないけれど。…ちゃんと物語を終わらせよう」
純日本人の癖に明るい色した瞳が月夜に浮かぶ。
「まず始めるなら、そこから。そして、始めたい物語がまだまだ沢山あるの」
関東では、完全に散ってしまったはず桜の花びらが、たった一枚だけ、奇跡のように、祝福のように、彼女の掌に舞い降りる。
「闘うよ。最後の一人になっても」
書き始めた頃にはなかった穏やかな空気が、ふわりと恵風(ケイフウ)に乗る。
「仕方ないですね、一人じゃ寂しいからそんな話したんでしょう」
やっとのことで口をついて出た俺の言葉に、目の前の人はくしゃくしゃに顔を歪める。
「バレた?」
「バレバレです」
「仕方ないじゃん。私、君のことが好きなんだから」
「はいはい、知ってますよ。有川浩さんの植物図鑑に出てくるイツキの次に好きなんでしょう!」
「あんないい男がこの世に存在しないなんておかしいと思わない?」
「だからフィクションなんでしょう」
「フィ…ックション!」
「なんですか、今の!」
「くしゃみだけど?」
「銀魂ネタじゃないですか!」
「我ながら、中々にうまくいったわね」
「タイミング的には最悪です」
「最適の間違いでしょう」
「ほら、部屋に入ってください。あなた意外に体弱くて面倒なんですから」
「意外と面倒は余計だ!」
「あなたに体弱くてなんですから」
「何その、誤字脱字なしゃべり方!」
「うるさいうるさい」

終わりがあることは、必ずしも悲しいことではない。
彼女はいつかそれに気づいてくれるだろうか。

サムネイル 写真素材 足成 様
http://www.ashinari.com/

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