Here now
ホーム > セリフ・掛け合い > 自分の足はこんなに細かったろうか。

自分の足はこんなに細かったろうか。

2014-04-29

 

風呂でまじまじと足を見て、ぎょっとした。
自分の足はこんなに細かったろうか。
なぜだと考えて、「筋肉が落ちたから」という答えに行き着くまで時間はかからなかったが、そこで危機感を持てないのが、自分の自分たる所以だろう。
アカン、引きこもりすぎて足が退化してる。
通勤電車とかこれから先、頑張れる気がしない。
一年前までは、どこにでもいる勤め人だった。何を以て転職しようと考えたかは今じゃよく覚えてないが、五年もお世話になった企業から離れ、目下、引きこもりになっている。
離職当初はそれこそ転職先探しに躍起になっていたが、前職の環境がいかに恵まれていたのか、痛感した。
腐っても大手、大会社、一部上場。こんなちんちくりんの青二才に対しても、手当てはぶ厚かったのである。
逃がした魚は、クジラ並みだった。
…クジラは魚ではないが。
一ヶ月が経過すると、危機感なんてなくなり、そのままズルズルと引きこもりに転じた。
そのころには妹にも転職活動が思いの外、うまくいかなかったこともバレてしまい、宥めるのに苦労した。
しかし、お互い大人であるし、過干渉もいかがなものかと思ったのかも知れない。妹はとやかくいうことを止め、そでれも定期的に顔を見に訪問してくれている。
というのも、すっかり出不精になってしまった自分のせいだ。
家にいることが楽すぎる。
今ならば、ヒキニートくん達や、不登校ちゃん達の気持ちがほんのちょっとだけ理解できる。苦しみまではわかってはあげられないのだが。
SNSを一切やっていないせいもあり、友人、知人、元同僚達との交流も途絶えて久しい。
そうなると、世界に自分しかいないんじゃないか。もしくは、自分は世界にいないんじゃないか、なんてアホな妄想にすら取りつかれる訳で。
声の出し方も忘れそうだ。
五ヶ月を越えた頃、通帳の預金が減るだけの現状に少しだけ焦った。
残念なことに現代社会において、生きることには金がいる。ライフラインや国民年金、地方税などバカにならない。
今思えば、近所でバイトすればよかったのに、あろうことか在宅でできるデータ入力のアルバイトを選んだ時点で負け犬だったのだろう。
現代社会、恐ろしい。
PCさえあれば、家で金を稼げるだなんて。
将来的には学校制度も崩壊して、ネットを通じてのサテライト授業になるんじゃないだろうか。
なんて、バカなことを考えて、PCの電源を落とした。
近所をふらふら散歩するだけでもいいから外に出よう。昨夜風呂の中で見た自分の足に衝撃を受けたのが、幸いして本気で反省しているし、このままじゃマジで歩き方忘れる。
桜が咲いた時ははしゃいでよく散歩に出たものだけれど、散ってからはほとんど外に出ていない。いいとこ、図書館に行ったついでにスーパーに寄る程度だ。
ピンクの花弁でトンネルをつくっていた道は、すっかりと緑色になっていた。
太陽の光を反射して煌めく葉っぱが眩しくて、目を細める。
木の根元を見れば、タンポポが綿毛になっていて、シロツメクサがクローバーの上にびっしりと白い花を咲かせている。あと、青くてちっちゃい花とか、紫色の花とかあるけれど、ごめん、ちょっとわかんない。
家に引きこもっているうちに確実に季節は移ろっていた。
こんな小さな花ですら、ちゃんと自重を支えて立っているというのに。
そんな風に苦笑して、目についたナズナを手折った。
ナズナの、なんていうんだろう。葉っぱなんだろうか。細い茎を一本ずつむいてはひっぱってを繰り返し、「がらがら」を作る。
耳元で軸の茎を回して、カラカラと鳴らしてみた。
大の大人がなにやってんだか。
「それなに?」
いつの間に傍にいたのだろう。
小学校低学年くらいの年の女の子が、見上げていた。
周囲を見回してみるが親もいない。
「ナズナで作った『がらがら』だけど、いる?」
差し出すと顔を左右に振って、作り方を教えてくれとねだられた。
最近の子は、こういう遊びをしないのかも知れない。
一から作り方を教えると、彼女は要領を得て、自分の持つものよりも上手に作り上げた。
少女は耳元でナズナを回す。
「音する!」
無邪気にはしゃぐ子供、自然と頬が緩む。
さあっと、背後で風が吹いて、綿毛をさらっていった。
あれ…。今日って水曜日じゃなかったっけ?
なんで、こんな真っ昼間にこの子、一人でここにいんの?
空に吸い込まれていく綿毛を見つけて、少女は手を伸ばす。
そんな彼女を見て、腹の底が冷えた。
そういえばさっきから人が通らない。車も自転車も通らない。
一体…。
少女は、こちらを見つめて、ナズナを回す。
「怖がらなくても大丈夫だよ。ちょっと眠っているだけ」
ふっと笑った顔は、子供のそれではなくて。
ああ、そうだね、そうだった。
「思い出した?そろそろ起きる時間だよ、お母さん」

心電図が、脈拍を奏でる。
真っ白な天井を仰ぎ、私は、涙を流した。
点滴用の注射が刺さったままの左腕を持ち上げると、手首にぐるぐると包帯が巻かれていた。
(貴方の分も生きると決めたはずなのに)
そうして、再び頬を涙が伝う。
(弱くてごめん)
また私は、自分の子供に救われてしまった。
産むことの出来なかった貴方に、励まされてしまった。
私と、元恋人の面影を宿した可愛い女の子。
(そっか、女の子だったんだね)
涙は止まらない。
「ありがとう、--」
私は頭上にあるであろう、ナースコールのボタンを手探りで寄せた。

サムネイル 写真素材 足成 様 http://www.ashinari.com/

0

コメントを残す

Top