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貴方はいつだって遠くて

「先生、作風変わりました?」
俺の言葉に彼女は、んーっと伸びをして、そうかもと微笑んだ。
そんな莫迦な話があるだろうか。たった一ヶ月でここまで文体や作風が変わるものか。
彼女の根本的に持った空気は変わらない。明確な違いがあるとすれば、この、「こんな時でもお腹は空くんだね」という短編以降だ。
妙なリアル感というか、生々しさというか…。
内容が内容なだけに、この話はノンフィクションなんですか、なんて訊ける訳がない。
短編集を作らないか、という話が上がったのは、一ヶ月前の話である。
今までページ数との兼ね合いで単行本にならなかったものや、書き下ろしも合わせて、という提示に彼女は、是非と笑って応えた。
中を開いてみれば、長短合わせて二十二。そのうち、十一つの作品がこの一ヶ月で彼女が書き上げたものだ。
これならばきっと、マニアックと名高い彼女のファン達も納得するだろう。何せ、半数近くが、完全新作だ。収録作品のほとんども今では雑誌専門の古書店を廻ってくまなく探し回らなければ読むことも出来ないだろう。
それにしたって…。
新作達は兎にも角にも、異質だった。
中には散文詩も混じっているのだが、その内容はいずれも、生と死に関わる物語ばかり。
偏っているな、という俺の思考を読み取るように、彼女は、収録順はこれでお願いしたいの、と一枚のプリントを渡してくる。その順番に俺は目を見張った。
短編、といいつつも、若干話の繋がってるものもある。
しかしそれを敢えて離れさせてくれ、と彼女は懇願した。
読み終わった後に推察して欲しい。先入観を持たないで欲しい。そう付け加えて。
「わかりました」
切実なことばかりを訴えかけるあくが強くて、強烈な話の数々。
でもどこか美しくて、儚くて。触れたら壊れてしまいそうで。
大抵、二人の登場人物によって話は進んでいくが、片方の人物は、亡くなっていたり、大きな問題を抱えている。
そうして、その人物は例外なく、女性だった。
何度も、女性達は物語の中で存在を稀薄なものにしていく。
何度も、何度も。
作品には作った人の心情が深く投影されるというならば、彼女は、何度も何度も、自分を殺したのかも知れない。
自分の存在を何度も消して、その度に、泣きながら蘇る。
もういきたくないと叫びながら、何度も、辛い気持ちを抱えたまま、死んでいく。
本当ならば、辛くて、苦しくて。それを云えずに、彼女は何度も自分の代わりに、彼女たちを殺した。
そうだとするならば、なんて…。
なんて報われない人なんだろう。
こうすることでしか、平常心を保てなかったというなら、なんて、かなしい人なんだろう。
「やっぱ、まずかったかな」
黙ってしまった俺を、彼女は覗き込む。
俺は滲んだ涙を隠すように立ち上がり、いえ、大丈夫です。頂いていきますとやっとのことで口にして、足早に立ち去った。

手が、届かない。
こんなに近いところにいるのに、貴方はいつだって遠くて。
俺は何も出来ずに、ただただ彼女の心を閉じこめた原稿達をきつく抱いた。

サムネイル 写真素材 足成 様 http://www.ashinari.com/

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