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彼女の服は、とにかく黒い。

2014-05-06

 

彼女の服は、とにかく黒い。
黒と云っても、ゴスロリとかそれに付随するフリフリとかではない。
黒のカットソーに、黒のパンツ。以上。
よくユニクロとかに売ってそうな、柄のない至極シンプルなものである。
たまに黒以外着てきたなと思ったら、白とか灰色で色味がない。
なんていうんだっけ?無彩色?
とにかく、色が寂しい。
しかも、白や灰色の服を着たとしても、絶対に何かしらのアイテムに黒を使っている。
兎にも角にも、上から下まで黒いのだ。全身真っ黒だ。
でもペンケースだとか、財布は白だし、手帳は青だから、元々黒服ばかりを着ていた訳ではないのだと思う。
そんな彼女の服装はタブーとなっているのか、社内で話題にする人間も、彼女に追求する者もいなかった。
黒は、全身黒服は、威圧感があるもので。
新人なんかは第一印象でなんとなく「恐そうな人」と思ってしまうらしい。
でも実際に話してみれば、よく笑うし、人なつっこいし、気さくだし、優しい。冗談だってもちろん云う。
服がなー…。と嘆く男性社員は多い。
あの服装じゃなければ、とっくに好きになってたんだけど。という言葉が、酒の肴に飛び交っていた。
がちゃがちゃと喧しい座敷の間を縫うように、彼女は俺にビールの瓶を差し出す。
「グラス、空みたいですけれど、注ぎます?」
今日も今日とて真っ黒な長袖のTシャツに、黒いソフトパンツという出で立ちの彼女は、にこりと笑う。
「あ、すみません、頂きます」
酔っぱらいが増え始める時間帯。素面なのはお酒が弱くて外では一滴も飲まないという彼女と、ザルな俺だけである。
「この間は、ありがとうございました。お陰でプレゼンうまくいきました」
折り目正しく座ったまま腰を深々と折られて、俺も恐縮する。
「いえ、丁度客層の調査していたし、こっちもデータを応用して貰えてよかったです」
「そう云って貰えるとありがたい」
彼女はテーブルの上に残っていたフライドポテトをぽいっと口の中に入れる。
今なら、酔った振りして訊けるだろうか。『どうして黒なの?』と。
彼女は俺のそんな思考に気付くはずもなく、指先に付いた塩を無邪気に舐め取っている。
無防備だなぁと身内でのみ苦笑して、飲み会を隠れ蓑に、下品な方向に持って行ってみることにした。
「下着も黒なんですか?」
酔っぱらいの戯言だと思って貰えたらいい。
彼女は一瞬キョトンとすると、ニンマリと笑う。チェシャ猫みたいだ。
「見ます?」
俺は勢いよくビールをむせた。
炭酸が、気管によく染みる。
ニヤニヤと、彼女はしたり顔で今度はフライドパスタをポリポリと口の中に消していった。
「すみません、俺が悪かったです」
いえいえと苦笑して、彼女は続ける。
「いち社会人なくせに、こんな格好してる私がいけないんです。きっとみんな、つっこめずにいるんだろうなあ」
だからこそ、彼女は人一倍明るく振る舞う。第一印象で損した分を取り戻さんばかりに。
「可愛い服とか、似合いそうなのに」
彼女は、笑った。
日本人がよくやる、困った時のあの顔で。
口の中のパスタを嚥下して、彼女は静かに口を開く。
「喪服、なんです」
がちゃがちゃと、グラスなんか割れちゃうんじゃないかって心配になるような周囲の音が、頭に響く。
「って、云ったらどうする?」
「怒ります。冗談にしていいことと悪いことがある」
あはは、と彼女は悪びれることもせずに、皿の上でしなしなになったレタスを頬張った。
多分それ、彩りであって食べる人は少ないと思う。
「まあ、でも、ユニクロの服は着てこられないなーとは思います」
俺の言葉に、彼女は明るい声を立てて笑った。
「いいじゃない、おそろ!ペアルックですよ、ペアルック!」
ユニクロでペアルックでも嬉しくない。
ていうか、ペアルックって今、いわないんじゃないか?
シンプルな服装は、身体のラインが隠しようがない。
彼女の細い首筋やら腰やら、あらぬところに目線が行きかけて、俺は瞼を閉じた。
「なら、俺が服プレゼントしたら着てくれるんですか?」
「黒なら」
「黒以外」
「それは無理です」
「じゃあ、黒と白」
「配分に寄ります」
「五対五」
「なら、ありです」
「よし、約束ですよ」
期待しないで待ってますね、と彼女は笑った。
無防備すぎる、この人。
男が女に服を贈る意味、まさか知らないんじゃなかろうか。

サムネイル 写真素材 足成 様 http://www.ashinari.com/

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