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メリーバッドエンド

2014年6月15日

彼女のその顔はかつてないほど美しく、たおやかで。

メリーバッドエンド

暗いと、嫌われていた人だった。
ぼそぼそ喋る声だとか、暗めの服装だとか。
化粧っ気のない顔も、パサパサの髪の毛も彼女が嫌われる要因の一つだった。
でも仕事は完璧で。
なんでも、高校生の頃にバイトで雇われてからそのまま正社員で雇用されたらしい。
バイトをしながら大学も受験して、ちゃんと学業を終えて、正社員。
大卒だというのに既に、新卒の人に比べて六年もキャリアがあるのだ。新社会人なんて目じゃない。
同い年だというのに、俺のOJTは彼女だった。
確かに教えるのは上手いし、的確だし、フォローもばっちり。
ただ、暗い。
六年分のキャリアのせいで新入社員の女の子達の中に入っていくことも出来ず、かと云って上司達と常にいるということも出来ず、彼女はあっと云う間に孤立していった。
「お休みの日とか、何して居るんですか?」
俺は堪らずに彼女に質問する。
彼女は、んーっと、時代遅れな形の眼鏡の奥で、瞳をそらした。
てっきり業務に関係のないことは控えるように、とか云われるのだと思っていたから少し意外である。まさか答えを貰えるとは思わなかった。
「家事、とかですか…?」
いやいや、疑問系で返されても。
「家事、ですか。お一人で暮らして居るんですか」
まあ、と彼女は小さく曖昧に答える。
はにかむ顔が可愛くない女子も居た者だ。びっくりだ。
「平日は仕事に掛かりきりなので、週末にまとめて家のことをしています」
「掃除とか、洗濯とか?」
「はい。あと、料理も」
「料理?」
「はい…お総菜とか少し多めに作って、可能なら冷凍しておくんです。野菜も切って下ごしらえしておくんです」
すごい。主婦だ。
疲れると、包丁持ちたくなくなるので。
それは納得だ。
社会人になったのを機に一人暮らしを始めたけれど、実家での暮らしがいかに楽だったか、とくと感じ入る。仕事から帰ってきて野菜の皮をむこうだなんて思えない。
「あとは?」
と聞いた俺に、彼女はキョトンとした。
「あと?」
「遊びに行ったりとか、しないんですか?」
ああ、と納得して、彼女はゆっくりと唇を動かす。
「近所を散歩、とか…」
飲みに行ったりとかは、皆無のご様子だ。
俺がどうやら怪訝な顔をしてしまったらしい。彼女はほんの少し苦笑すると、「友達、いないので」と申し訳なさそうに、低い声でそういった。

決して悪い人間じゃない。
むしろ、凄く興味深い人。
話して別にシカトされる訳じゃないし、すこし時間は掛かるけれど、ゆっくりと答えを返してくれる。
仕事は凄く自信を持って業務にあったって居るのに、自分のことになると途端に声が低くなる。
そんな彼女の後をひょこひょこついて回り、あっという間に三ヶ月間のOJTは終わってしまった。
「お世話になりました」
「頑張って下さい」
頭を下げる俺に、彼女も深々と頭を下げる。
そうしてほんの少し考えると、口を開いた。
この、ちょっとした彼女特有の間が読めるようになってしまったあたり、俺も大分彼女に慣れてしまった証拠だろう。
「可能な限り、フォローはこれからもしていきます。大抵一人前になるのが三年だと云われているので、それまでは失敗を恐れずにがむしゃらに頑張って下さい。私達先輩は、フォローするためにいますから」
度の厚いレンズ越しに、彼女は正面から俺を見た。
視線が合ったのは、この三ヶ月間でこれが初めてである。
とくり、と鼓動が鳴ったのはきっと、気のせいだ。
純日本人よりもほんの少しだけ薄い瞳。
綺麗な灰色の双眸が、俺を一直線に見つめていた。
「あ、ありがとうございます、よろしくお願い致します」
俺は急いで頭を下げる。
視界の端で彼女がふわりと柔らかく微笑んだような気がして、頬が熱くなった。
それでは私はこれで、と彼女は踵を返して、去っていく。
この後は、新人研修のお疲れ様会的な飲みがあったはずだが…。
「あの、…行かないんですか?」
この三ヶ月間、研修をした先輩と後輩の間で、飲みに行っていないのは俺たちくらいなのだと、同期は口を揃えて云っていた。
同時に、「あの根暗が担当かよ」とひやかして。
彼女は丁寧に振り返ると、ぼうっと考えている。
そうして、ほんの少しだけ躊躇いがちに、唇を動かした。
「何か、あるんですか?」
心が、奥底から冷えていく。
この飲み会の幹事は新入社員が仕切っていた。OJT中お世話になった諸先輩方への感謝の気持ちを込めた会だから当然である。
そうして、ワンテンポ遅れて俺は、体中が熱くなった。
恥ずかしい。
この先、何年も、場合によっては何十年もお世話になるはずの会社の先輩を、仲間を、こんな風に扱える人間が同じ会社にいるのだと、しかも自分の同期なのだと思うと、情けなくて、恥ずかしい。
唇を噛むのを理性で止めて、俺は左右に首を振る。
そうして、腹にぐっと力を込めて、顔を上げた。
「俺と、一緒に飲みに行きましょう。良い感じの居酒屋、知ってるんです」
もちろん、二人で。
そう、加えようとしたその時である。
「お前、社の飲み会、行かないつもりかよ」
すぐ背後で、からかい混じりの声がした。
俺が声の主に振り返るよりも先に、彼女は、会釈をして、微笑んでみせる。
「ありがとうございます。嬉しいです、誘って頂けて」
愉しんできて下さいね。
彼女はそう云うと、普段より少しだけ大股で、退社した。
呆然と見送る俺は、同期に引きずられる。
何で。
なんで、あんな嬉しそうな顔、するんだよ。
まるで、初めて人から誘って貰ったような、……実際そうかもしれないけれど。
あんな嬉しそうな顔してくれるなら、今までだって、誘えば良かった。
「お前、あの人とあんま関わるなよ。あの人、出世しないんだからさ」
危うく殴りそうになったその面を、辛うじて拳を握り思いとどまった。

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負 フリーワンライ企画様 http://privatter.net/p/271257
サムネイル 写真素材 足成 様 http://www.ashinari.com/

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