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貴方のいない世界に、用はない。

2015-04-20

 

編集長には何度も、大丈夫かと声を掛けられた。
と云うのも、担当する作家の一人の作風ががらっと変わってしまったからである。
優しくて切ない話を書いていた彼女は、その根本を残しながらも、登場人物を何度も何度も殺した。
何度も登場人物である女性を殺し、その数は優に百を超える。
愛おしくて、美しくて、優しくて、切ない、死の物語。
彼女は手を変え品を変え、百にものぼる女性達を殺していった。
ああ、まずいなと思いながらも、彼女の書く作品に惹かれてどうしても手を止めることが出来ず、ずるずると来てしまった結果が、これである。
間違いなく、俺は人としては最低だ。
でも、編集者としては?
少しずつ少しずつ壊れていった彼女。
壊れていく彼女の紡ぎ出す作品がどうしても読みたくて、その特権を得た自分が誇らしくて。
病院に入れるだなんてとんでもない。彼女の美しい作品が紡がれなくなったらどうしてくれる。
だから、きっとこれは当然の結果なのだ。
お気に入りのクリーム色のワンピースを身に纏った彼女は、金魚のように口をぱくぱくとさせている。
首から噴き出た鮮やかな赤い色の血が、まるで花びらのように肌に服に飛び散って、彼女の美しさをいっそう際だたせた。
徐々に色味の抜けていくその肌に手を滑らせると、彼女はひくりと痙攣を起こす。
怯えた瞳に苦笑して、耳元で優しく囁いた。
「大丈夫。救急車なんて無粋なものは呼びませんよ」
そうしてようやく、安心したように微笑むと瞳を閉じる。
俺は、冷たくなっていく彼女の唇を自分のそれでついばんだ。
ほんの少し、応えがあったような気がして、そうして彼女は息を引き取る。
まったく。
俺が貴方の死の瞬間に立ち会えなかったのなら、どうしたつもりなんですか。
電車が遅れたら、とか考えなかったんですか。
貴方が俺の目の前で死を選んだとして、どうして俺がそれを止めるでしょうか。
「先生は頭が良いのに、そういうところが抜けていたんですよね」
抱きかかえた彼女の身体はだんだんと重さを増していく。
「大好きです。愛していますよ」
彼女の命の灯火はついえたというのに、どくどくと流れる血は止まらない。
もう一度、冷たい口付けをする。
「いつか、訊きましたよね。自分が死んだらどうするかって」
そんなこと云わないでください、当時の俺は笑ってそう云ったけれど、その時からもうずっと答えは決まっていた。
「決まっているじゃありませんか」
迷わず、後を追います。
彼女をぎゅっと抱きしめて、その小さな手に固く握りしめられたナイフを取り、自分の首筋に押し当てる。
ああ、心中と思われるかも知れないな。
あながち間違ってやしないけれど、そうして騒がれて彼女の本が少しでも多く売れたらいいな。
ねぇ、知っているでしょう。俺は誰よりも貴方のファンなんですよ。
どんなに待っても貴方の新作が読めないなんて、拷問です。
貴方のいない世界に、用はない。

サムネイル 写真素材 足成 様 http://www.ashinari.com/

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