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できることならば差し入れは、がっつりとした肉がいい。

2015-10-18

 

できることならば差し入れは、がっつりとした肉がいい。
焼肉弁当でもチキン龍田でもなんでもいい。
デパ地下のお弁当だなんてそんな贅沢は言わない。コンビニの弁当で十分だ。
客の、手作りでさえなければ。

金を払って男に抱かれるのは初めてだ。
そういったその女性は、あろうことかトップスのケーキを持ってきた。
代名詞であるチョコレートケーキ、ではなく紅茶のケーキである当り、彼女の嗜好がほんの少しだけ垣間見られたような気がして、僕は、へぇっと目を細める。
シャワーをどうぞと促す僕にその人は、その前に一緒にいかがですかと困ったように笑って見せた。
初めて、とは思えないその緊張感の無さに、思わず毒気を抜かれてしまう。
そう。
初めて、男を買う女性は、たいていがガッチガチに緊張している。
それがまた可愛くて。
こちらも手を変え品を変え、彼女たちをいかにリラックスさせられるか腕の見せ所と張り切るのである。
張り切るはずだったのだ。
それが、この体たらくである。
切ってもらうの忘れてしまったので、このままでもいいですか、と彼女は僕にフォークを手渡した。
目の前にある、表面のクリームを波立たせたケーキは、まさしくあの長さである。
ああ、この女、馬鹿なのかもしれない。
「何か、いいことでもあったんですか」
僕の問いに、彼女は一瞬だけ、目線を落とす。
そして、落とすように笑う。
しかしそれも瞬き程の時間で、すぐに満面の笑みに変えて見せた。
どうしよう。とっても面倒な気がする。
「本日、私、生誕三十周年でして」
「それは、おめでとうございます」
「おめでたいって歳でもないですけどね」
あはは、と彼女は明るく笑った。
だから、一緒に食べてほしいと。
一人で食べるのは、さすがに寂しいから、と。
そうしてなんのためらいもなく、彼女は鋭利なフォークを、柔らかなケーキに突き立てる。
大きめに切り取って、口の中いっぱいに頬張り、おいしいと黄色い声を上げた。
確かにおいしいだろう。だって赤坂トップスのケーキなんだから。
デパ地下には必ずと言っていいほど店が入っている有名店なんだから。
僕は小さめに切り取ると、口の中に放り込んだ。
甘い。
まるでこの女の人生観みたいに、甘い。
三十にもなって、友達でもましてや恋人でもなく、買った男と一緒に誕生日ケーキを食べるような、この女のように。
「彼氏さんは、忙しいんですか」
彼女は、ぴたりと動作を止めて、そうして、苦笑する。
「一週間前に、振られたんです」
それは、また。
地雷を踏んでしまったらしい。どうしたものか。
「好きな人ができたんですって」
そうして、安心したように、笑う。
いや、違う。
それは自嘲の笑みだった。
「私にはもったいない人だったんです。一緒にいてとても楽で、どこにいってもなにをしても楽しくて。おいしいものを食べてる時の顔がすごく幸せそうで。こっちも思わず幸せになっちゃうくらい。だから、よかった」
ああ、この女。
「だから、幸せになってほしいんです」
なんて、馬鹿で、甘いんだろう。
なんで、そんなに嬉しそうに笑おうとするんだよ。
「大好きな人、ですから」
本当なら、今にも泣きだしたいくせに。
彼女の細い腕をつかみ、僕はその人を引き寄せる。
どうしたんですか、と呑気に尋ねるその声に、かぶせるようにして僕は口を開いた。
「どうしようもなく、可愛いって思っただけですよ」

サムネイル 写真素材 足成 様 http://www.ashinari.com/

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