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僕の思考に反し、彼女は笑顔でそう言った。

2015-12-01

 

イルミネーションがとても綺麗ですね、と、肩で風を切りながら、普段むっつりとしている彼女は、もの珍しく、笑顔でそう言った。
私、一年でこの季節が一番嫌いなんです。
白い息と一緒に吐き出された言葉に、瞠目する。
「…え?」
聞き間違いだろうか。まさかこの流れを全否定する言葉を言うまい。
嫌いなんですよ、この季節。
僕の思考に反し、彼女は笑顔でそう言った。
「嫌いなの?」
「嫌いです」
彼女の笑顔はなおも崩れない。
「クリスマスだからってなんだっていうんですか、年が明けたからって何がめでたいんですか。そんなもの人間が手前勝手に付けた記号でしかない。暦なんて、種まきと収穫と天候さえわかればそれでいい。十分です。由来も知らずバカ騒ぎする人も、かこつけてものを売ろうとする企業も大嫌い」
肩で切っていた風が凪ぐ。
「冬なんて、寒いだけで何一ついいことなんかない」
綺麗な笑みを浮かべた横顔は、小さな子供のそれのようで。
きっと見てはいけないんだろうなと、僕は店の軒下で身を縮める自動販売機のボタンを押し、ICカードをかざす。
がこんがこん、と。
人々の喧騒の中では容易く消えてしまうその音を確かめて、僕は暖かな缶を二つ取りだし、一つを彼女に差し出した。
「嫌いなんじゃ、仕方ないよね」
そういうと、彼女は怪訝そうに僕を睨み付ける。
うん。
そっちの方が君らしい。しかめっ面が、彼女らしいなんていうと怒られそうだけど、壊れてしまいそうな、何かを乞うような、請い願うような、そんな笑顔でいるくらいなら、普段通り眉間にシワを作って欲しい。
「ココアが美味しく飲める季節になったよ。それで十分じゃない」
差し出した缶を、寒さで白くなった指先が、半ば条件反射で受け取った。
そうして、冷えた頬っぺたにくっつける。
忘年会に向かう会社員、恋人と歩く大学生、外食をはしゃぐ親子連れ。
その全てを拒むように、彼女は瞼を閉じた。
「…あったかい」
その一言に、僕はただただ泣きたくなる。
街の光を集めたように、一心に輝く木々達は、空の星を消した。月を消した。
月も星もない真っ黒な夜空に光輝く人工灯。
息を吐き出せば、白く凍って消えていく。
僕は、人恋しくなるこの季節が、苦手だ。
「ココアは夏に冷やして飲んでも美味しいです」
唐突に沈黙を破った彼女は、僕の厚くて好かれと思った意をあっさりと切り捨てる。
「ラーメン食べたいね」
「一年中美味しいです」
「鍋は?」
「一人でやると余るので、あまり作りません」
「一人が大前提なんだ」
そうして彼女は再び肩で風を切り始めた。
しかしそこには先ほどの笑顔はない。あるのは、笑えば可愛いだろうにと社内で惜しまれる仏頂面だ。
「ご馳走様です」
彼女は白い息を細く吐き出し、低い声で呟いた。

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