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放課後、無人になった昇降口で、彼女はそれを繰り返した。

2016-02-15 00:25

 

下駄箱に手を伸ばそうとする。
やめる。
溜め息を吐く。
放課後、無人になった昇降口で、彼女はそれを繰り返した。
かれこれ、二十分程になってしまう。
委員会の帰りになんとなく図書館に寄って、昼寝して、夕陽に驚き飛び起きて、さあ帰ろう、としたらこれだ。
ああ、嫌だ。
ツムツムのハートを五個使いきって、さらにもう二つ、時限式に回復したハートを使っても、彼女はそこで逡巡していた。
手にぶら下げた真っ白い紙袋と下駄箱を見比べて、遠目からもわかるくらいに、きつく唇を噛み締めたその横顔には鬼気迫るものさえ感じる。
何をそんなに迷うことがあるだろう。
男子高校生なんて、みんな腹空かせている訳だし、こんな季節柄、チョコなんか貰えたらはしゃぐに決まってるじゃないか。
バレンタインなんて、録なことがない。
今年のバレンタインは男共の阿鼻叫喚の聞こえそうな日曜日。
おおよそ、明日、前々日の金曜日に手渡しする度胸がなく、木曜日の放課後に下駄箱にチョコレートを入れておこうと言う算段なのだろう。
よし、入れようと意気込んで、それでも決心がつかないご様子で。
この分だと、俺がくる前からこうして迷っていたのだろうな。
さてと。どうしたものか。
「あ…」
絶望の響きを含んだその声に、顔を上げれば、彼女と目があった。
最悪だ。
ガタンと簀(スノコ)の上を音を発てて逃げていく。
季節外れの兎が、駆けるように。
「待って!」
逃げるものを追いかけるのは、条件反射というよりも、一種の本能だろう。
スカートの裾を翻しながら逃げる少女を追いかけ、なんなく腕を掴んだ。
「ごめんなさい!」
なんかもう、なんで謝られているのか訳がわからない。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「いや、なんかもう、俺こそごめん!」
「違うんです、私がいけないんです、ごめんなさい!」
「いや、俺が!」
「私が…!」
「……」
「……」
ぜぇ、はぁ、と肩で息をし、互いを見る。
「とりあえず、落ち着こうか」
「…はい」
寒いから、と校内に連れ戻し、とりあえずホットココアを与えてみる。
時は黄昏時。
立春が過ぎても日が長くなった気がしない。
オレンジ色の太陽光があっと言う間に真っ赤になった。
彼女は、手の中でココアの缶を転がしながら、思い出したように、コクリと飲み下す。
チョコが入っているだろう白い紙袋はリノリウムの床に雑に置かれていた。
まるで、なんでもない、と言い訳をするように。
彼女、だなんてそんな他人事みたいな言い方はやめよう。
下駄箱で見かけたときから、この子が誰かなんて知っていた。
クラスメイトの、一人。
物静かで、口数が少なくて、いつも一人でひっそりと目立たないように教室の隅にいる少女。
それでも、笑えば可愛いし、協調性はあるし。この子を悪く言う人間がいないのは、クラスの雰囲気がとても良いということも大きく関係しているのかもしれないけれど。
そんな彼女だから、誰かを特別に思っているという事実に、正直、少なからず動揺した。
好きな人、いたんだ。
そうして、ひっそりとさえ想いを届けられずにいるこの子が、とても…。
「どうするの、それ」
彼女がココアを飲み干すころ、確信を突けば、分かりやすくビクリと肩を震わせる。
「どうも、しないよ…」
消え入りそうなその声に、そっか、と返せば、顎のラインで切りそろえた髪の毛を伴って、小さく頷いた。
どうもしないなら、なんで二十分以上も迷っていたのか。
どうもしないなら、なんでそんなにも顔を赤らめているのか。
どうもしないなら、なんでそんなにも、泣きそうなのか。
腹が立つ。
何に対してかなんて、俺にもさっぱりわからない。
諦めようとしている彼女に怒っているのか、彼女に好きな人がいるという事実に怒っているのか。
それが、俺じゃないって、ことに怒っているのか。
この子が好きになった相手だ。きっとこの子からチョコを貰ったと分かれば、それが叶う願いであれ、叶わぬ願いであれ、誠実に対応するだろうに。
何をそんなに、怖がる必要があるんだろう。
「どうも、しないの?」
重ねて問えば、少女は毛先のそろった髪の毛を揺らして、俺を見る。
まるで、にらみつけるように。
泣いてしまう、直前のように。
きっと、私の気持ちなんて、想像できないんでしょう?
そんな責め句が聞こえてくるような、綺麗な瞳が俺を見る。
けれど彼女はただただ唇を噛みしめ、すべての言葉を飲み込んだ。
ああ、もう。
わかるよ。
俺だって、似たような気持ちなんだから。
「入れるだけ、入れてみれば?」
今度こそ、少女の白い肌に朱が走る。
「からかわないで」
「こんなことで、からかうわけないじゃん」
からかえるわけがないだろう。
人が人を想う気持ちを、笑える人間がどこにいるんだろう。
陽が、沈む。
彼女の瞳が、黒く染まっていく。
俺は息を吐きだして、彼女の手の中で空になった缶と、床に放置された紙袋を奪った。
「やめて!!」
悲鳴に近いその声を振り切って、彼女が入れようとしていたであろう男子生徒の下駄箱を一直線に目指す。
ガシャン!
「最低!!」
思い切り派手な音を立ててチョコを入れれば、彼女は聞いたこともないような大きな声で俺を罵倒した。
ざまあ、見ろ。
「なんでっ…!」
ああ、泣く。
きっと泣いてしまう。
それでも唇を噛みしめる少女がたまらなく、愛おしい。
「知ってるよ。好きなんだろ、こいつのこと」
地団駄でも踏みそうな彼女は、やがて、俺がその場から動かないことを理解すると、あきらめたように、逃げるように走り去った。
その後ろ姿を見送って、俺は自嘲の笑みを浮かべる。
君があいつを見ていたことを、知ってる。
ついでに言えば、あいつが君を見ていたことを、俺はよく知ってる。
ああ。バレンタインなんて、録なことがない。

サムネイル 写真素材 足成様 http://www.ashinari.com/

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