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齢三十五歳にして、姉は、壊れた。

2016-04-09

 

シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ

姉は高校卒業後、誰もが聞いたことのある有名な大学に入り、誰もが知っている有名な企業に就職した。
行く行くは幹部となる人材として採用され、本社の営業部で頭角を現し、異例の速さで課長に出世をしたころである。

齢三十五歳にして、姉は、壊れた。
伝え聞いた話によると、PCのロックを解除しようとしたところ、三回間違えてエラー音が鳴ってしまったという。
そもそも普段ならなんの問題もなく解除できているはずなのに、何故、その日に限って間違えたのかは、わからない。
とにもかくにも、それがトリガーとなり、姉はパニック状態に陥った。
悲鳴をあげて気絶したあとは、もう、彼女は働くことができなくなっていた。
日々のストレスか、重圧のためなのか、何が原因なのかはもう、わからない。
それほどに姉の病状は重篤で。
彼女が出した退職願は、あっさりと受け取られた。
破格で、多額な退職金と、引き換えに、姉は東京を去った。

屋根まで飛んで
壊れて消えた

世間体を気にした両親は姉を引き取ることを嫌がり、彼女は今、農 家を営む伯母の下で暮らしている。
暮らし始めた頃は、何を見ても、何に触れてもおどおどしてパニックを起こしていた姉だが、伯母の農業を手伝ううちに、亀のような歩みではあるけれど、回復してきた。
「ーーちゃん」
姉が極度に怖がり、時にはパニック症状すら引き起こすため、「お姉ちゃん」という呼称はやめた。
今は名前に「ちゃん」を付けている。
呼べば嬉しそうに駆け寄ってくれるのだが、姉は私を覚えていない。
血を分けた私達姉妹は、毎回、初めましてなのだ。
洗剤で作ったシャボン液の入った瓶と、ストローを持って、彼女は笑顔で近付いてきてくれた。
「シャボン玉!」
「やってみて」
「うん!」
宝物を見せるように、彼女はふうっとストローを吹いて、シャボン玉を飛ばす。
無数のシャボン玉が風に煽られ、空に舞った。
一流と呼ばれる大学に現役で受かった姉だ。
その精神力は並大抵のものではなく、胆力はある意味アスリートと同レベルである。
その姉が、壊れたのが会社のストレスだけとは考えられない。
聞き分けのよくて、両親自慢の姉だった。
優秀で、素直で、誰からも褒められるような、人だった。
きっと、色んな無理をしてきたのだと思う。
こんな状態の彼女でも会いたくなってしまうような、そんな優しい姉だから。

風 風吹くな
シャボン玉、飛ばそう

サムネイル 写真素材 足成様 http://www.ashinari.com/

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