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文字で、人は恋に落ちることができるのだと、そう思った。

2016-05-26

 

文字で、人は恋に落ちることができるのだと、そう思った。
新人賞に送られてきた一編の小説。
それは、一人きりで生きようとする女性を書いた短編だった。
人が好きで好きで好きでたまらないその主人公は、人を信じて、人を想って、人を愛して、そうして何度も人に裏切られる。
それでも笑って受け入れて、仕方のないことだからとすべてを許してしまう。
人を愛し、裏切られ、許すたびに、彼女は人の道から外れていく。
その姿を、鮮明に鮮烈に描いた、五千文字にも満たない短編だった。
主人公は、ボロ雑巾のようになり死んでしまうのだけれど、それでも最期の瞬間まで、人を愛して信じている。
「ああ、今、死ぬのが私でよかった」
そう、満足そうに微笑んで、亡くなるのだ。
読後、涙が止まらなかった。
何が、という言葉では表せないなにがしかを、強く強く植え付けられる。
強く強く、心をえぐられる。
えぐられて、つかまれて、植え付けられて、どうしようもなく、涙がこぼれるのだ。
俺は壊れ物を扱うのように、丁重に原稿を机の上に置いた。
見つけた。
きっと俺は、この人が書いたものに出会うために編集者になったんだ。
きっと俺は、この人に出会うために編集者になったんだ。
人は、文章で、恋に落ちることができるんだ。
多分、この涙は、この物語のためだけに流した涙なんかじゃない。
どうしようもなく、顔も性格もわからないこの人が愛おしくて仕方がないのだ。
この文章を書いてしまう、彼女の、人の様が恋しくてたまらないのだ。
文章にはまだまだ荒削りな部分があるけれど、それは今後修正していくことができるだろう。
大切なのはそんなことじゃなくて、この人の傍にいたいということ。
好きだ。
好きで好きでたまらない。
たまらなく、好きだ。
こんな、かなしくて、さびしくて、苦しい文章を書けてしまうこの人が、好きでたまらない。
編集長に掛け合おう。
新人賞のふるいになんてかけてやらない。
この人は俺が見つけたんだ。他の誰かを担当になんてつけてやらない。
俺が、あなたの傍にいる。
だからどうか、嘆かないでほしい。
人を、愛したいんだと、嘆かないでほしい。
裏切られたと、捨てられたと、嘆かないでほしい。
貴方が息を引き取るその瞬間まで、俺はあなたの傍にいる。
俺は、貴方が好きだから。

サムネイル 写真素材 足成 様 http://www.ashinari.com/

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